……ポンポンポン。
ドカーン、バーン!
……ぶちゃっ!
隣のエレンの研究室、正しくはガラクタ部屋からただならぬ音が
聞こえたのは、まさしくその時だった。
さすがのエレンも、尋常ならざる物音に目を見開いて、動きを止
めた。
扉の向こうで、いやあああラーラーラーと聞こえるのは恐らく、
思い立って一日でエレンが作り上げた、歌う花だろう。
キーキーと喚くのは、使い魔と称しているが実情は単なるペットの、
鸚鵡と猫。
「……今日は何だか、賑やかだね?」
「賑やかで済ませていい音ではありませんでした」
すかさずエレンを押しのけて、私は大股で応接間を横切った。
ああっ、あれかもどうしようっ、とエレンが後ろで慌てるのもちゃ
んと聞こえている。
大方、エレンがまた、何か妙な物を作ったに違いない。
樫の木の扉に手をかけて一気に開く。
「……! ……!」
絶句して指差して、周りを見回してまた絶句する私の頭上から、
エレンがこわごわと覗き込む気配。
そろそろと、私から遠ざかろうとする上司のシャツをがしっと掴ん
で、私は努めて冷静に事実を確認した。
「これは、何でしょう。……いえ正確にお伺いします。これは、何
の残骸でしょうか」
「えーと、多分。……かぼちゃ、かなあ?」
ぽりぽりと頭を掻きながら、エレンが答える。
「かぼちゃ爆弾が、失敗しちゃったみたい?」
「ほー。かぼちゃ爆弾、ですか」
なるほど。
古めかしい大きな机も、本がずらりと並んだ天井までの本棚も、陳
列された薬草と植物コレクションも、怪しげなアンティークの杖や
武器の数々も。
全部が黄色い点々で彩られているこの状況は。
「市場で、ジャック・オ・ランタン用のおばけかぼちゃが売ってい
るだろう。あれを、爆弾に仕立てたら面白いかなと思って」
「へー、面白いですか」
かぼちゃをくり抜いて、顔を彫り、それを灯篭代わりにする。
聖なる火の風習が変形して庶民の間で行われるようになった、サウ
ィン祭のお遊びの一つだ。
そのための大きなおばけかぼちゃが、この時期は市場に並んでいる。
それをいかに大きく作るかで、コンテストも開かれる。
「うん。突然爆発したら、笑っちゃうでしょう?」
笑えません。
言葉には出さなかったけれど、私の言いたい事を読み取ったのか、
エレンがどこか媚びる様な薄笑いを浮かべた。
「ああ、でも。爆発させる予定は無かったんだ。本当は、特別な言
葉を組み込んだら、それから数分後に暴発する設定にしてあったん
だよ。だから試すのはね、どこか違う場所でしようと思ったんだけ
ど、どうやら失敗したみたいだ。あ、他にもね、足が生えて走り出
すかぼちゃとか作ってみたんだけど。これはねえ、きっと子供が大
喜びで」
「ほー」
「……喜ぶかなあと」
「そうですか」
何とか、暴発をこらえた私は。
この惨状を片付けるために、彼のいかがわしい研究室に乗り込もう
とした。
「ああっ、アギレラ、危ない!」
「えっ」
ドーン!
再び暴発音。
咄嗟に目をつむった私の顔に、ぴちゃっと、ねっとりした物が張
り付くのがわかった。
扉に手をかけたままの私の手の甲にも、生ぬるい何かが。
「……あーあー。あのね、爆弾は五個有るから、気を付けないとい
けなかったんだよ」
「早く言って頂きたかったです」
ぴくぴくと、眉間を引きつらせて私。
私の制服のブラウスも、きっちりと結ばれた灰色のリボンも、濃い
灰色の膝下のスカートも、同系色のストッキングも、黒いブーツも、
黄色い点々で埋め尽くされていた。
そっと髪に触れてみる。
ふわふわと広がっている癖毛だから、多分、奥深くまでかぼちゃ
ペーストが入り込んで簡単には洗い落とせないに違いない。
同じく黄色のまだら模様になった、歌う花が、甘ったるいラブソ
ングを垂れ流している。
「エレン。少々宜しいですか」
「はいっ」
自分はちゃっかりドアに隠れて難を逃れたエレンが、ぴんと直立
不動の姿勢を取る。
「国家の予算でくだらない研究をするなと、何度も申し上げている
はずですが」
「くだらないとは失敬な」
「くだらないです。日々、世のため人のため、国家のため。それが
我々の使命なのです。それを何ですか。かぼちゃ爆弾だの、歌う花
だの、ガラクタばかり」
「ガラクタとは失」
「ガラクタです!」
遂に切れた私の怒声に、エレンがびくっと震える。
(全く、嘆かわしい!)
一口に魔道と言うけれど、我々の研究は多岐にわたる。
軍事に始まり、医学、庶民の暮らしを支える農業など、数百の支所
で、五百以上にも系統の別れた研究を行って、それを民の生活に還
元するのが我々研究者の仕事なのだ。
それを、この、グウタラ上司は!
普通なら首になる所だ、実は私こそが、陛下の御心がどこに有る
のかお伺いしたいと思っているのだ。
「くだらない事ばかりしているから、周囲の笑い者になるのです。
あなたも少しは自覚を持って」
お説教が始まりそうな気配を察して、そろそろと、後ずさろうと
するエレン。
すかさず角に置かれた雑巾とバケツを取って、私はぐいと彼の胸に
押し付けてじろりと睨んだ。
「ご自身で片付けてください」
「ええー、君は手伝ってくれないの」
「駄目です。罰としてお一人でどうぞ」
ひどいひどいっ、鬼娘っ、と大騒ぎするエレンを尻目に、私はぐ
ちゃぐちゃの顔を洗うために洗面所に向かった。
これは今日の夜、念入りに洗濯しなければ落ちないだろうとうんざ
りしながら、私は本当はほっと安堵していた。
これ以上、エレンに深入りしたら、別れが辛くなる。
こんな駄目上司を置いて、私は。
来月の頭には、故郷に帰らなくてはならない。
この人、この調子で、一人で大丈夫……なのだろうか。
外套は、シングルタイプと、肩にケープのついたローブタイプと
二種類支給される。
出張する時などは、ケープのついた物を皆好んで身に着ける。
何故ならその方が、いかにも魔道の徒の風情を出せて、色々とやり
やすいからだ。
魔道研究者は、この国では民から尊敬される。
市政の民は、魔道の知識をほとんど持たない。
村からフィーレが一人出ただけでも大騒ぎで、家族は大威張り。
フィーレでさえも、試験に合格するのは至難の業だ。
その上のヴァテスになれる平民はほとんど居ない、稀に合格者が出
れば、彼は帰省パレードで町長と握手級の扱いを受ける。
フィーレになっただけでも辺境では名士扱いで、一生喰うのに困ら
ないだろう。
(どこか空いてる所は……)
食堂で私は、シチューとパン、サラダをトレーに乗せて、きょろ
きょろと辺りを見回した。
食堂は人の熱気で暖かい。
けれどやはり、この季節はあつーいシチューに限る。
長いテーブルの間を器用に抜けて歩いていると、人ごみに、一人
だけ頭一つ飛び出ている姿が見えた。
すぐにわかる、エレン教授だ。
彼は飛びぬけたひょろひょろの長身なので、どこに居ても目立つ。
それでかえって悪目立ちしているのだろうと……も思う、残念な事
だけれど。
エレンは柔らかい微笑を浮かべながら、彼もまた、空席を探して
いる様だった。
とろとろと人の流れに乗りながら歩いている姿はいかにも鈍臭そう
で、見ているとこっちが、トレーを落とすんじゃないかとハラハラ
する。
エレンの目指す先に、例のやどり木会の陣取ったテーブルを発見
した。
俗物のための俗物による俗的な暮らしを楽しむ彼らは、仲間で固ま
って行動するのが大好きなのだ。
庶民と口を利くのも彼らにとっては屈辱的な行為であるからして、
彼らが認めた家柄のいい会員と、役にも立たないくだらない議論を
するのが何よりの喜びなのだ。
(ああ、困った所に)
ニヤニヤと、彼らはエレンの姿を認めて意地悪な笑いを浮かべて、
突き合って何かを囁き合っている。
どうせ、オカマ野郎が来た、からかってやろうぜとでも言っている
のだろう。
その先の行動も目に見えるようだと、私は心配しながら見守ってい
た。
俗物ボンボンのやる事なんて一つだろう、決めセリフは「おおーっ
と、長い足が勝手に」でどうだろうか。
内の一人がタイミングを見計らってエレンの足元に自分の足を投
げ出した。
ほら来た。
何たるお約束、いっそ気持ちが良い程のお約束っぷりだ。
こんな頭の悪い奴らが将来国を仕切るのだと思うと、我らが王国の
未来は輝かしくて泣けてくる。
「おおーっと、長い足が……いでーっ!」
ぎゅむっ。
踏み出した若者の足を、エレンが思いっきり踏み潰した。
いくらエレンが華奢だと言っても、全体重をかけた男性が足の甲を
踏んだら、たまったものじゃないだろう。
ぎゃーっと叫んで、彼は足を引っ込めて抱え込んだ。
彼は、顔を苦痛で歪ませて、室内履きを放り出した。
それ見て私は気を晴らして、笑いを噛み殺した。
周りが、彼の絶叫に驚いて一斉に注目する。
「ああー、失敬。混み合っていたので、気が付かなかった」
「何をするんだ、痛いだろうが!」
ぷりぷりと若者が怒って、腕を振り上げてエレンに抗議する。
(何よ。あんたが足を出したんじゃないのよ、自業自得でしょう)
おまけに、何だあの口の利き方は。
いくら彼が、周りに馬鹿にされてる変人でも、彼はれっきとした高
級魔道士のヴァテス、しかも部署持ちの二級ヴァテスだ。
あの青年はフィーリに成り立ての新米役人にしか過ぎない。
家柄が良かろうが、将来は出世する予定だろうが、あんな口を上役
に向かって利くとは失礼な話だ。
むかむかとしながら推移を観察していると、エレンが頭を掻いて、
申し訳ないとへらりと笑って頭を下げた。
「どうも私は、注意力散漫で困るなあ。ごめんね」
「気をつけてくれたまえよ、全く!」
不満そうな若者と、便乗してブーイングする仲間達ににもう一度
謝って、エレンはのろのろとその場を離れた。
緊張して見守っていた周囲の人間も、何事も無かったように、歓談
しながら食事に戻った。
おさまらないのは私一人だ。
ギリギリギリギリと歯噛みしながら、私は冷え切ったシチューを怒
りと共に飲み下した。
(あの、低脳ぼんくら息子がっ)
私のエレンに何さらす。
私のじゃあないけど、心の中で思う分には構わないだろう。
彼が終始にこやかだからと、許される所業では無い。
ああやって奴らは、庶民出身の役人を苛めたり、エレンみたいなは
みだし者に嫌がらせをして楽しむのだ。
そんな暇が有ったら、真面目に発明の一つでもすればいいのに、全
く呆れた馬鹿者どもだ。
そこで私は一つアイデアを思いついて、心ひそかにほくそ笑んだ。
(いーい事考えたー)
いつ実行するかだけれど、うん、早朝にしよう。
冬が近い今は、早朝ならばまだ暗いだろうし、きっと誰にも見とが
められないだろう。
(くくく、見てなさいよ)
かかかっ、と一気にシチューをかっこんで私は、エレンが戻るま
でに必要な物を確保しておこうと、急いで立ち上がった。
おしとやかに彼のいつもの挨拶を受け流して、私はにこにこしな
がら外套をフックに掛けた。
ぐえええええ、とフックが唸った。
これもエレンの作った奇妙な発明品で、外套を忘れて帰ろうとする
と、親切に声を掛けてくれる優れものなのだそうだ。
実はそれが気色が悪くて、今日まで外套なしで過ごしていたという
のも有る。
(機嫌がいいのは当たり前よねっ)
ああー、すっきり爽やかいい気分。
爆発音の後の、奴らの阿鼻叫喚の声を窓の外で盗み聞きして、私は
腹を抱えて笑い転げた。
余りにも笑いすぎたせいで、今でも腹筋が痛い。
色々と奴らには、私自身もストレスを溜めていたのだ。
この位の罪の無いイタズラは許されるだろう。
今の時期、どこの家庭や職場にも、ジャック・オ・ランタンやか
ぼちゃがお供えされている。
まあ、どこでもお約束の豊穣を祝う縁起物みたいなものだ。
そして私は、クラブ棟のやどり木会の無駄に豪奢な部室にもそれが
飾られているのを知っていた。
だから早朝に忍び込んで、例のあれとすり替えてやったのだ。
(うふふふふっ)
きっと奴らの、やたらと豪華な調度品も、嫌味ったらしいトロフ
ィーの数々も、ぴっちりと整えられた七三ヘアも、すべてが黄色の
点々で埋め尽くされたに違いない。
考えただけで、胸がすく。
昼食の時間、彼らは何を着て現れるだろうか。
もしかして不貞腐れて家に帰ってしまうかもしれないけれど。
ばったり会ったら、あら制服はどうしたの? とわざとらしく聞い
てやろうと心に決めていた。
髪にかぺかぺのかぼちゃペーストが付いていたら、噴出すのを堪え
られる自信が無い。
「ねえ、アギレラ。私のおばけかぼちゃが無いんだけど」
「あら、そうですの?」
エレンがチェアを揺らしながら、私に問いかける。
私はつんと澄まして聞き返した。
当然だ、私がこっそりと盗み出したのだから。
「五つ作った内の三つがこの間爆発しただろう。で、一つはここに
有るんだけど、もう一つが無いんだよ、君知ってる?」
「さあ……? もしかしたら、間違えて捨ててしまったかもしれま
せん。または、足が生えて逃げ出したのでは?」
「ああ、そうかもしれないね」
エレンがうんうんと納得して、気にも留めてない風情で読書に戻
ったので、私はほっと一息。
元より、細かい事に頓着しない人だから大丈夫だろうとは思ってい
たのだけれど。
(しかしまあ、何が、黄金色の夢なんだか)
さりげなくエレンから聞き出したキーワードは「豊かな髪のたお
やかな翼の乙女は、まどろんで黄金色の夢を見る」だった。
それをルーンで表面に刻むと、ほどなくして爆発する仕掛けなのだ
そうだ。
インチキ詩人も真っ青だと私は呆れたわね。
今朝はおとなしくロッキングチェアを揺らしてぶ厚い本を読んで
いたエレンは、ん? と立ち上がって、私の肩から何かをつまみ上
げた。
「樫の葉だ」
「まあ、ありがとうございます。どこで付いたのでしょうか」
どこも何も。
彼らのクラブ室は二階にあるので、私は外套を脱ぎ捨てて、スカー
トを腰に巻き付け、樫の木によじ登って窓から侵入したのだ。
子供の頃、母様が嘆くほどやんちゃだった私は、昔から木登りが大
の得意だった。
久しぶりでちょっと楽しかったかもしれない。
(何度思い出しても笑えるわ)
彼らの黄色い声ったら、情けなかったわね。
エレンはそれを裏返して、何度か眺めて、ゴミ箱に放った。
そして私を見下ろして、あ、と声を上げる。
「髪にも付いてるよ」
「まあ、いやだわ」
驚きの声を上げながら、私はささっと革のかばんを顔の横に。
ばん。
まんまとエレンは、私のかばんに接吻する羽目になった。
(わからいでかっ)
そうそう何度も許すほど、乙女の頬はお安く無いのだ。
かばんの向こうで、エレンが悲しそうに呟く。
「……つれない人だ」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「でもそのつれなさも、私の情熱を掻き立てるよ愛しい人」
「それはどうも」
涙目で鼻をさすりながらエレンは、読書に戻ろうと体を翻す。
背後でぼそっと彼が何か言ったように思って、私は振り返った。
「今、何かおっしゃいました?」
「いいや」
「……そう、ですか」
確かに聞こえたんだけど、と首を捻って。
でもやっぱり聞き間違えだろうかと思い直して、私は、謎めいた微
笑を浮かべて椅子にくつろぐエレンに背中を向けた。
『お転婆も大概にしておきなさい?』
……と、優しげにたしなめる言葉が聞こえた様に思ったのだけど、
気のせいだろうか。
(気のせいよね)
おしとやかで、冷静沈着で、上の覚えめでたい才媛と呼ばれる私
が、お転婆と言われるはずが無い。
ここまで何年も掛けて、私はその評価を勝ち得て来たのだから。
さあ、今日は何の研究をしようか。
エレン特別室では、自由に過ごしていい事になっているのだ。
だから私は、日々気儘に、充実した研究に勤しめるというわけだ。
案外、私はここでの勤務を気に入っていた。
……それも、後僅かだけれども。